思わせぶりなタイトルになっているが、名指しこそしなくてもアゴラで悪評の高い新聞といえば、築地にあるA社で、同じく知事といえば日本の首都を預かるK女史なわけだが、「情報戦」、「フェイクニュース」といった言葉を引き合いにするとき、この両者こそ格好の研究・検証対象であろう。


「情弱ニッポン」では情報を出す・作る側のやり放題

いわずもがな、前者は3年前に慰安婦報道と吉田調書に関する2大誤報を取り消し、社長の首を差し出たにもかかわらず、今年に入ってから大嫌いな安倍政権に対し、加計学園問題で明確な違法性がないのに過剰なまでのバッシングの急先鋒となり、夏野剛さんなどから「フェイクニュース」とまで批判されている。(ちなみに、28日発売の新刊『朝日新聞がなくなる日 – “反権力ごっこ”とフェイクニュース』はおかげさまで予約好調です…あ、新聞名いっちゃった)

一方、後者の知事は、得意のメディア戦術で世論を巧みに味方につけ、安倍政権を振り回し、都知事選、都議選と圧勝した手腕こそ見事なものの、いたずらに情報戦に走る余り、豊洲市場問題で無用の混乱を引き起こし、オリンピックのホスト都市としての準備具合にも不安の種を撒き散らし続け、最近は自分をAIになぞらえて自らの政治判断を正当化する意味不明な展開となっている。

こういう不毛な状況が積み重なっていることを許した要因はどこにあるのか。新聞記者、広報パーソン、そしてネットメディア編集長の仕事をしてきた身として、あらためて痛感するのは、この日本において読者、視聴者、消費者、有権者サイドで「メディアリテラシー」、つまり批判的思考とコミュニケーション能力の二つを身につける機会が不足していることがひとつ挙げられる。それは逆にいえば、新聞、テレビなどのメディア側、企業、政治・行政サイドがやり放題の世論形成がいつまでも可能ということになる。去年の拙著『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)で私は、そういう日本社会での情報の非対称性について「情弱ニッポン」と題したものだった。

欧米との差が埋まらないメディアリテラシー教育

一応、社会の情報化が進んだ2000年代に入り、公教育の中でも情報教育の一貫として一部メディアリテラシー教育が行われてはきた。しかし全体としてはITスキル養成のほうに偏在しているようで、そもそも「メディアリテラシー」などという言葉が皆無に等しかった我々アラフォーが中高生時代を過ごした90年代の学校現場と、そう大差がないように思えてならない。

カナダの高校では、人種差別主義の団体が作るウェブサイトにあえて閲覧させて、その主義主張を伝える戦略を分析するような取り組みをしている事例がある。もし日本で同じことをやろうとすれば、PTAや左派マスコミが「アクセスすること自体がけしからん」と騒ぎ出してしまうだろうから、実地に基づいて踏み込んだ対策ができない。もちろん、メディアリテラシー教育先進地のイギリスですらEU離脱の是非を問う国民投票で、離脱派の扇情的なキャンペーンに残留派が屈したことは、メディア教育の社会的影響力の脆弱さを示唆しているのかもしれないが、それでも欧米は、ドイツが、ナチスの政治宣伝で戦争に誘導された反省から出発しており、日本との彼我の差は埋まっていないのが現状だ。

政治教育にもメディアリテラシー養成は必要な時代

前述の拙著は政治の情報戦を分析したが、わが国でも政治やビジネスのマーケティングは年々高度化している。得票や購買につなげるために、あらゆる方策を通じて世論形成に努めている。政治や選挙でいえば、ことネット選挙が解禁されてから、期待された政策論議の高まりは見られず、むしろ政党や政治家同士、時にはメディアを巻き込んだ激しい情報戦のぶつかり合いばかりになっていて、受け手の有権者側は置き去りだ。西田亮介氏、あるいはアゴラ執筆陣では高橋亮平さんや原田謙介くんなどが有権者教育の重要性を提唱し、あるいは実践されていることに私もシンパシーを覚えつつ、しかし、政治の情報戦が激しくなる潮流にあっては、メディア教育も同時に行う必要を強く感じている。

もちろん、2017年の今日は、6,000万人がSNSを利用するようになったネット社会だから、幸いなことに個人的にさまざまな情報検証が可能となり、マスコミ報道に疑義を呈する人も増えている。ただし、そのこと自体は頼もしいものの、ツイッターランドでは、時に過激な反原発論に走ったり、極端な陰謀論を唱えたりするアカウントが少なくないことを見ると、特に10代の頃に批判的にメディア報道を考える機会を持たなかった社会人にもなんらかの場も必要だろう。特にネット選挙の現場でこの4年間、荒んだ空間を目の当たりにしてから「何かしなければ」という思いは強くなった。

「私塾」という実験的な試み

私個人としてはこの秋から一つの企画を実験的に仕掛けてみることにした。目をつけたのは近年流行りのオンラインサロンだ。少しだけ宣伝をさせてもらうと、この度、アゴラとは別のソロ活動として、DMMのサロンで9月から「ニュース裏読みラボ」を開講する。政治やビジネスなどの直近のニュースを“生きた教材”に老若男女さまざまなバックボーンの受講生と闊達な質疑や議論をする。将来的にアゴラとのシナジーを生み出す企画も考えている。

いずれにせよ、今後はこうした草の根の「私塾」という形で「情弱ニッポン」を打破するための種をまく取り組みが増えていけばという思いからの自分自身の実践・チャレンジだ。読者、視聴者側が健全な批判思考を持つことは結果として、メディア側(マスコミだけでなく、ネットメディアも)にとっても精緻でクオリティーの高いコンテンツを生み出す動機付けにつながるものと信じて、引き続き現場での取り組みを進めていきたい。

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新田哲史のニュース裏読みラボ 
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